2012年 05月 23日

ご飯を全部食べたらデザートにポップコーンを食べると言ってたので、約束通り作ってあげました。栄養的にどうかわからないけど。
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2012年 05月 23日
![]() ご飯を全部食べたらデザートにポップコーンを食べると言ってたので、約束通り作ってあげました。栄養的にどうかわからないけど。
2012年 05月 23日
まだ私は読んでいないのですが、「困っている人」という本を出版した難病患者の大野更紗さんが、日経ビジネスオンラインで、出身地福島、原発への思いをコラムにしたためていらっしゃいました。
そして、その文章の中に、 「『美しく死にたい』とか、『人に迷惑をかけずに死にたい』とか、そんなに簡単に言わないで下さい。美しく死ねなかったら、迷惑がかかるんだったら、生きている価値はないんですか?人間の生命が『生きるに値する』とか、『生きるに値しない』かどうか?そんなこと、誰に、決める権利があるんですか」 ということばがあり、考えさせられました。 今生きることの意義について、いろいろ考えさせられているところだったので。 コラム全文はこちらで。 予習中のスピリチュアルケア教科書(キッペス先生著)から、先日私はノートに次のようにメモをとっていました。 人間としての使命= 他者の存在を認め、相手にし、あいさつすること、相手の援助を受け取ること、自分に生命を分かちあたえた祖先、両親、自然と超自然(=神)に対する畏敬と感謝。全体の構成員であることを認め、それにふさわしく反応すること。
2012年 05月 22日
スピリチュアルケアは8科目をとって、必要な課題の提出を終えるとスピリチュアルカウンセラーといって病院などで働く資格となります。
4科目でスピリチュアルケアワーカーとなり、傾聴ボランティアとして認められます。 しかし、実際はWHOが人間は霊的な(=スピリチュアルな)存在と認め、特に死が近い人に対してはスピリチュアルなケアの指針を出していますが、日本では自然科学の医療と精神科学の世界は相いれないので、希にキリスト教系や仏教系の病院で霊的なケアが受けられる以外は、スピリチュアルケアカウンセラーの資格を得ても、仕事としてすることは難しいみたいです。 現時点では。 でもキッペス先生は命をかけて日本におけるスピリチュアルケアの普及に取り組んでいらっしゃいます。 今度鹿児島でスピリチュアルケアの全国大会があるそうです。 是非、行ける方は行ってほしいです。有意義な時間になること間違いなしです。 科目を学べばお金と時間がかかり、現金な私としては、うーん、これだけの投資をしてお金をもらえる仕事に結びつかないのか。。。と、実際この学びをしていくかどうか、躊躇していましたが、科目Iをとってみて、これは本来ならすべての人間が学ぶべき内容だと思い、生きていくうえで非常に大切な学びなので、私はお金と時間がかかり、将来の収入に結びつかないものだとしても、続けて学んでいきたいと思うようになりました。 しかし、将来の収入云々ということよりも、スピリチュアルケアが日本の医療に浸透していくことを強く願い、祈り、また、そのために行動していこうと思っています。 私は今再来週受ける科目IIのために予習をしています。科目Iと重なる部分もあり、引き続き「傾聴」について学んでいます。 教科書から心に残った言葉をいくつかここにメモがてらご紹介いします。 人間は実質的には受け取ることによってのみ存在しており、聴くことはまさに受け取ること。聴くことはがなければ、人はだれも自分の名前さえもわからないだろう。 人間は社会的な役割を果たすことによって自分の存在意義や価値を見いだすが、もしそうなら、人間は取り替え可能な1つの機械にすぎなくなってしまう。人間の存在意義や生きる価値は、社会のために果たした役割によって決定されるべきではない。 私たち一人ひとり、そのときそのときで、その人にしかできない使命が与えられているのですよね。 私が科目Iの授業で印象に残っているのは、死を目前にしたある患者さんが、「看護師さんを笑わせるのが今の私の仕事」と病床でおっしゃったという話。もう治らない病気になり、死がすぐそこにあっても、私たちは何か自分にしかできない役割(使命・仕事)を見つけることができるのですね。
2012年 05月 20日
![]() 昨日中耳炎で九度を超える熱をだしぐったりしていた息子ですが、今日は元気に。私の方が風邪が治りきらず咳に苦しんでいます。 でもがんばって息子に付き合い河原まで行ってきました。
2012年 05月 16日
そういえば、スピリチュアルケアの研修でもう一つ心に残った講師の言葉があります。
それは、日本はご祝儀や香典など、何重にもお金を紙や封筒に包む文化があるのに、 初詣で神社に行き1年間の無病息災を祈るとき、そのときに払うお金はいわば「1年間の保険」ともいえる重要な意味を持つものなのに、裸の小銭をポイッと投げるだけのか、と。 確かにそうですよね。目からうろこでした。外国人だから気づけることですね。
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