柔和

先日行った教会でのメッセージは御霊の実の一つである「柔和」についてでした。「柔和」という言葉を知っていても、聖書に基づいた深い解釈を聞いたのは初めてだったかもしれません。
聖書が言う柔和とは、人に対して従順すぎて弱々しいということではなく、神様に従おうという姿勢のことなのだそうです。不正を容認したり、悪を放っておくのではなく、神の御手を信頼して静かに戦うこと。イエスが「柔和な人々は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」(マタイ5:5)でおっしゃったが、「地を受け継ぐ」の意味は、地上での生活においても、正しい神の支配が及び、万事が益となるように神に祝されることを意味するそうです。
柔和とは
1.堂々としており
2.正しい自尊心による情緒が安定し
3.言い訳せず
4.親切にすること

ゲストスピーカーの佐藤健さんという方は、大学や実業団の卓球チームを何度も日本一に導いた指導者。しかしその業績の裏で、家族が犠牲になっていました。
卓球指導にのめり込んだきっかけは長男の小児がん死。何かにのめり込まずにはいられなかったのでしょうね。大学が自宅から遠かったので、だんだん家にも帰らなくなり、しかも強い選手に限って学費に困っていたりするものだから、学費を出してあげたりもしたそうです。卓球の選手たちが自分の子供のようで、実際の自分の長女や次男がどの高校に行って、どの大学に行ったかも知らないくらい、ずっと家に帰ってなかったのだそうです。
その後プロを指導する立場になり、プロの指導のプレッシャーに押しつぶされそうになり、寂しさに負けて20年ぶりくらいに家に電話をして、「家に帰ってもいいかな」と言うと、奥さんが「帰れば」と言ってくれ、息子も娘も「お母さんがいいならいい」と言ったそうです。この話をされるとき、さすがに佐藤さんは涙ながらに語られました。
家に帰ると妻と娘が日曜日に教会に行くようになっている。自分に無理強いをすることなく、クリスマスくらい顔出してね、という程度だったそうです。はじめは抵抗があったそうですが、元々凝り性なので聖書を読んでやろうと思って読み始めたそうです。おもしろくないけど、とにかく読み続けた。それから・・・ごめんなさいなぜかここらへんの話が頭から飛んでしまったのですが・・・佐藤さんご自身も洗礼を受ける決心をされた。
長い間家を空けた自分を妻が受け入れることができたのは、イエスさまの愛を知っていたからに違いない。

私は佐藤さんの奥さまを尊敬しました。20年帰らなかった夫を迎え入れる寛容さ。同じクリスチャンでも私は、毎日帰ってくるのに帰りが遅いというだけで夫にむかついているのですから。しかも仕事で遅いのに。
さすがに月曜の朝は「じゃあ、20年後に」と言って送り出しました。でもやっぱり夫の家事育児参加はあったほうが嬉しいですけど。

私は残業体質日本社会と戦いたいと思っていますが、聖書の教える「柔和」をもって静かに戦いたいと思います。戦いのために主にある知恵が与えられるように、どうぞお祈りください。
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Commented by にわ at 2010-09-08 23:08 x
すごい話ですね。20年。。。私にはムリ。笑
柔和のこと、まだ噛み砕けないけど、詳しく書いてくれてありがとう。
お祈りします。人生って本当に大変だよ、イエス様。
Commented at 2010-09-09 12:41
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by martha2nd at 2010-09-11 22:37
☆にわちゃんへ
ほんと、無理だね。私も無理。柔和、私もそんなにかみ砕けてないけど、どちらかというと優しい、おだやかな感じよりも、「フレキシブル」に近い意味なのかも。柔って柔軟の柔だし。
Commented by martha2nd at 2010-09-11 22:38
☆カギコメさま
私には「堂々としている」という点が特に必要だと思わされました。
周囲の人間を恐れるのではなく、神様を恐れて行きたいと思います。
by martha2nd | 2010-09-08 15:09 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(4)

クリスチャン。在宅翻訳やってます。夫と文鳥との生活に奇跡的な誕生をした息子も加わり奮闘しています。


by martha2nd