恵方ではなく

今日は寒い。
寒いですが、水曜日の午前中はたいてい教会の祈祷会に行きます。
祈祷というと神主みたいな人が、ジャラジャラしたものを信者の頭の上で振りながら、
聞き取りにくい祈りの言葉を歌かお経のように唱える、というようなのを思い浮かべますが、
キリスト教会でいう祈祷会では集まった人で教会のことやお互いのことを
輪になって神様にお話しするような感じで順番に祈っていきます。
祈る前には讃美歌を歌って、牧師が聖書の言葉をひもときます。

今日の牧師のメッセージ、殊に心に響いたのでメモしておきましょう。

今日は箴言16章20節
みことばに心を留めるものは幸いを見つける。
主に拠り頼む者は幸いである。

今日は節分、明日は立春。つまり旧暦ではお正月だった。
ということは節分の今日は、旧暦では大晦日。
それで、新しい年に向けて「鬼は外」と豆をまく習慣が始まったとか。

恵方巻の習慣はコンビニかどこかが始めたのでしょうか。
ここ10年以内のならわし、というかブームですね。

ほんとに恵方というものがあるのかわかりませんが、
クリスチャンは方角などではなく、みことば(聖書)と神様に頼る歩みをすることが
幸せなのである。そうすれば幸せになるのではなく、そのこと自体が幸せなのである。
何か神秘的な体験をすることではなく、神様によって与えられている肉体、頭脳、これまでの経験を通して、
みことばを読み、神様に頼りながら地上の人生を歩むことそのものが幸せなのだ、ということです。

私は息子の誕生という奇跡を経験しましたが、
そういうことは頻繁に起こるようなことではなく、毎日が単調に過ぎて行き、
なんというか達成感のない日々の繰り返しで「これでいいのかなあ」と
不安になることも多かったのですが、
今日の牧師の話を聞いて、あ、これでいいんだ、と安心しました。
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by martha2nd | 2016-02-03 14:37 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

クリスチャン。在宅翻訳やってます。夫と文鳥との生活に奇跡的な誕生をした息子も加わり奮闘しています。


by martha2nd