生と死を考える講座5回目

私が住む自治体が生涯学習推進の一環として、昨年秋から「生と死を考える」という講座を毎月開いていて、シリーズ6回のうち、昨日は5回目でした。
1回目、2回目、3回目、4回目のレポートは、各数字をクリックしてみてください。

1回目は死生学のパイオニア、アルフォンス・デーケン先生が講師。
2回目は市の医師会会長が講師。尊厳死についてのお話でした。
3回目は日航機墜落事故後の遺族ケアにあたった元日航職員が講師。
4回目は乳がんサバイバーの方が講師。

そして今回5回目は、ホスピス活動などに力を入れているお坊さんが講師でした。

クリスチャンの私にとっては特に興味深いお話でした。



この方は24歳で都心のほうにあるお寺の住職さんになられたそうですが、20代のころはよく「キリスト教は死ぬ前から病院に来て祈ってくれたり、話を聞いてくれたりするのに、仏教は死んだ後の面倒しかみてくれないのか」と批判を受けたそうです。この真摯な若いお坊さんは、「では欧米の宗教家は死の前のケアをどのように行っているのだろう?」と思い、アメリカのカトリック系大学に留学します。カトリックの修道院で「偏らない心が大事だ」と教えられたそうです。それで仏教もキリスト教も、煎じ詰めれば同じ教えなのではないかと思ったそうです。

私は数ある宗教の中でキリスト教を敢えて選んでいる者なので、その点では反論したいところですが、このお坊さんはとにかくそう思ったみたいです。そして日本に帰って、留学前に受けた批判のおかげで、仏教においても死ぬ前の手伝いをすべく活動を開始されたそうです。

当時はお医者さんたちが、死期の近い患者さんの心のケア、魂のケアにまで関心がなく、病院に出向く機会が少なかったそうですが、ここ10年くらいで患者さんたちも声を大にしてそのような希望を言えるようになってきたので、末期がん患者などを多く訪問しているそうです。

その方々のほとんどが「もっと早く仏教の話をきいておけばよかった」とか「自分が死んだら読まれるお経の内容をちゃんと知りたかった」とおっしゃるそうです。死や死後や魂についての話を、誰もが大切と思っているのに、誰も元気なうちには取り組まない、忙しくて後回しにしている、と、そのお坊さんは感じているみたいです。もっと早くから、多くの人が元気なうちに仏教の話をしてあげないといけない、仏教界の努力が足りない、と思っているみたいです。

その点、聖書の教えは、一貫して天国に行くための道備えだなあと、改めて自分の信じていること、それに若いうちに出会えたことに感謝しました。信じる前は、なんでこの人たちはそんなに天国に行きたいのか、永遠の命ってものが欲しいのか?そんな大それたものを欲しがるなんて、欲の深い人たちだし、死んだ後のことに必死になるなんて非現実的な人たちだと思ったものですが、今思えば、地上でのたかだか70年、80年のことに必死になるのではなく、死んだ後の永遠のことを考えるほうが、どんなにか現実的で、永遠のいのちを欲しがるのはどんなにか当然の望みかと思います。

お坊さんの話に戻りますが、ほかによく患者さんから出る質問としては「死んだら仏になれるの?」というものだそうです。そしてなんと、このお坊さんによれば、その答えはNOなんですよ!!!人は生前の業によって善と悪が天秤にかけられ、悪のほうが重ければそれなりのところに行くそうです。でも、それではかわいそうだし、人間はみな躓いたり、間違ったり、過失したりする存在だから、成仏するように「追善」ってことを遺された人たちが行うのだそうですよ。追善というのは、つまり葬儀とか法事とかのことだそうです。

ということは、仏教でも人は皆不完全で罪があるという考えではないでしょうか。キリスト教もそうです。キリスト教が違うのは、罪人は罪人の身代わりになって償うことは不可能という考えです。だからこそ罪のないイエス・キリストが、身代わりになってくださったのです。
「わたしは道であり真理であり命です。わたしを通してでなければ父のみもとに行くことはできません」とキリストは言われました。

あ、さて、また話を戻しますが、ホスピスというのはキリスト教的な言葉であり、日本政府としても公用語として宗教性のある言葉を使うことは不適切という考えから、「緩和ケア」が公用語だそうです。それで仏教オリジナルの「緩和ケア」、「ホスピス」に値する言葉を提唱しているそうで、それは「ビハーラ」というもので、安息所、僧院、僧房などの意味があるそうです。

このお坊さんは心から人々の生きている間に心のケア、スピリチュアルなケア、をしてあげたいという気持ちから、現在のような活動をしていらっしゃるようですが、実際問題、仏式の葬儀や法事がどんどん簡略化されている昨今、人々の死んだ後の手伝いだけでは、お寺も立ち行かない、これからつぶれてしまうお寺も出てくるだろうということもおっしゃっていました。

クリスチャンの私は、お坊さんのお話を聞く機会はほとんどないので、昨晩は本当に貴重な経験でした。この講座も残すところあと1回です。次回はホスピス医が講師です。

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Commented by 三日坊主 at 2008-02-19 22:47 x
こんにちは。三日坊主です。リンクして頂いてありがとうございます。

>その方々のほとんどが「もっと早く仏教の話をきいておけばよかった」とか「自分が死んだら読まれるお経の内容をちゃんと知りたかった」とおっしゃるそうです。

死を目前にすると、いやでも死について生について考えるのでしょうね。上の文章を読んで、私たちクリスチャンも恐れずにほんとの希望を伝えなきゃいけないなと痛感しました。
それにしてもお坊さんたちもいろいろ大変な時代なんですねぇ。
Commented by martha2nd at 2008-02-20 12:08
☆三日坊主さんへ☆
こちらこそ、リンクの許可をくださってありがとうございます。
いつも三日坊主さんの書かれることから励ましを受けていますから。
本当に、クリスチャンも恐れずにほんとの希望を伝えなければならないなと思います。三日坊主さんのブログがますます用いられますように。
by martha2nd | 2008-02-19 11:20 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(2)

クリスチャン。在宅翻訳やってます。夫と文鳥との生活に奇跡的な誕生をした息子も加わり奮闘しています。


by martha2nd