母以来のお見送り

今日は特筆すべきことがあります。
昨日の夜のできごとです。

私が夕飯の食材を買って帰ったばかりのとき(7時過ぎ?)、夫からメールが届きました。かねてより入院中だった教会のF兄が天に召されたという情報です。夫は教会の役員だし、召天されたF兄と親しいN兄に子分視されてる(笑)ので、病院に詰めていたN兄からすぐに連絡が入ったようなのです。葬儀の準備なども役員として責任があるので、夫は会社からまっすぐF兄が息を引き取った病院に向かいました。

私もF兄を見舞いたいと思いつつ、結局生きている間には行けなかったことが悔やまれ、また、母を見送った経験から、遺族の方に私なりのケアができるかもしれないと思って、電車で30分はかかるのですが、病院に向かいました。





F兄は82歳だったということです。ここ数年は腰痛を理由に教会には来ていらっしゃいませんでしたが、腰痛に加え、喘息の症状がひどかったみたいです。若いときは大工さんだったので、おが屑など、たくさん吸い込んでいたのかもしれません。信仰を持たれたのは60代だったのではないかと思います。若いときに入れた龍の刺青が肩から背中にかけてあるのだとか。昨日初めて聞きました。でもやせ細って、刺青の絵がちりめんみたいになって、皮膚を伸ばさないと見えないとか。

F兄の奥様と病院で会うことができました。奥様もクリスチャンですが、教会で嫌なことがあったのか、足が遠のいていらっしゃって、もう何年もお会いしていませんでした。でも信仰を失ったのではなく、「主人は今はもう地上の苦しみを終えて天国にいるのだから、涙は不思議と出ない」とおっしゃっていました。

私のことを覚えていてくださって、夫と私に「主人はあなたたちがなかなか結婚しないと心配していたから、結婚したときは本当に喜んでたのよ。」と何度もおっしゃいました。F兄は本当に私に良くしてくださいました。娘さんと私が同じ名前なので、いつも私を下の名前で親しく呼び捨てにしてくださっていました。私たちが結婚した後も、しばらくは腰痛を押して教会に来ていらっしゃいました。そして私たちを見るといつも「子供はまだか!?養命酒を飲め!」と心配してくれました(笑)。

さて病院でのことに戻ります。東京の端っこのほうにある市立の総合病院ですが、規模が大きくて、きれいで、びっくりしました。母が入院していた熊大病院より断然いいと思いました。

F兄は昨日から個室で、昨日からわき腹の痛みがひどく、モルヒネを使い始めたところでした。息子さんに話を聞くと、もう去年くらいから肺には水がたまり、心臓も肥大してほとんど機能してない状態で、水におぼれた人の肺や心臓の状態だったそうです。今まで生きていたのが奇跡のような状態だったそうです。私たちは喘息で入院していると聞いていたので、また回復して家に戻られるとばかり思っていたのですが、そんなに悪かったと聞いて、心を痛めました。本当に早くお見舞いに行っていればよかったです。そのことを奥様に謝ると、「いいのよ。どうせ酸素マスクつけていたし、会ってもほとんどしゃべれなかったんだから」と言ってくださいました。

F兄のご家族(奥様、息子さん、娘さんご夫妻、お孫さん)とN兄夫妻と、私たち夫婦が病院にいました。少しして、牧師とキリスト教の葬儀屋さんが来ました。

幸い個室だったので、みんなでF兄の地上の人生の記念である遺体を囲み、牧師が祈りました。母の葬儀でも読まれた詩篇23篇を読んでから祈りに入りました。

主は私の羊飼い。
私は、乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、
いこいの水のほとりに伴われます。
主は私のたましいを生き返らせ、
御名のために、私を義の道に導かれます。
たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、
私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖、
それが私の慰めです。
私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、
私の頭に油をそそいでくださいます。
私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと
恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。


私が到着する前には、F兄が大好きだったという聖歌を病室で歌ったそうです。
戦争から帰ってきて、紆余曲折を経て大工となり、遅めの結婚をして2人のお子さんを立派に育て、身体の痛みを覚えながら、ギリギリまで大工を続け、晩年は歩くことも大変で、息をするのも苦しかったF兄の人生にぴったりの歌です。

♪人生の海の嵐に、もまれ来しこの身も
不思議なる神の手により、命拾いしす。
いと静けき港に着き、我はいま安ろう。
救い主イエスの手にある身は、いとも安し。♪


葬儀について話し合い、ご遺族が家族だけでの密葬を望まれていることから、そのようにすることになりました。火葬後に密葬ということですが、今時期的に亡くなる方が多いそうで、火葬場が非常に混んでいるそうです。予約が取れるまで遺体を安置しなければならないのですが、ご自宅が大変入り組んだところにあるため、遺体を運ぶのが難しいだろうということで、教会の礼拝堂に安置することにしました。病院から教会に向かい、教会の古い布団で申し訳なかったのですが、礼拝堂の十字架の下にできるだけきれいな布団を選んで敷いて、遺体を寝かせました。葬儀屋さんが5日間は腐敗を防ぐという処置をしてくださって、11時半過ぎ、主が遺体を守ってくださるように祈って、それぞれ散じました。

F兄が後ろから私の名前を呼ぶ声が懐かしいです。
そのF兄にまたお会いできる日を楽しみに、F兄の人柄から学んだことを大切にしていきたいと思います。


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Commented by みえ at 2008-02-26 11:56 x
謹んでお悔やみ申し上げます。
数日前に訳詞してくださった「時間は永遠にあるから」の歌詞を思います。
また会えるという揺るがない希望は、本当になによりの慰めであり、励ましですよね。
皆様の、今まだ主より預けられしお体も特別に守られますよう、心よりお祈りしております。
Commented by martha2nd at 2008-02-26 18:27
☆みえさんへ☆
コメントありがとうございます!
時間は永遠にあるから、を、読んでくださったんですね。ありがとうございます。いい歌ですよね。
また会えるという希望が、私の場合、揺るがないわけではないのですが、それでもなお「また会える」と信じることを選ぶことが信仰なのだから、と思ってそうしています。ときどき、「私の信じていることがぜんぶ絵空ごとだったらどうしよう。そしたらお母さんはどこに行っちゃったんだろう」と、特に母が死んでからは信仰が揺るぎそうになることも実はあります。。。でも信じたときも、信じた後も、神様がいらっしゃると確信するような出来事はたくさんあるのに、それでも疑ってしまうんですね。イエス様を目の前にしても信じ切れなかったり、不安になったりしていた弟子たちのところを読むと、ちょっと安心します(苦笑)
Commented by みえ at 2008-02-27 01:01 x
私もおんなじですよ~。
実は…私、このたび初めて神様に文句祈りしたんです。
「もう嫌だ!全然楽にならないじゃない!うそつき!うんぬんかんぬん…」
でも、神様はそういう私の本音こそ、待ってたんですよね。
疑ってしまうとか不安になるとか、そういうことを素直に口にするのも、神様は喜ばれますね。これは言ったらまずいだろう?というのが、かえって主のプライドを痛く傷つけるのだということを学習しました。
だから、素直に不安も口にできるmarthaさんは、とっても素敵な方です。
Commented by martha2nd at 2008-02-27 11:02
☆みえさんへ☆
おんなじですか?安心しました(笑)
私も祈りの中でもっと素直になりたいです。
一番の祈りは「私の不信仰をおゆるしください」ということでしょうか。
私は素直でも素敵でもありませんよ~。でもそのように誤解し続けてくださってもけっこうです(笑)。
by martha2nd | 2008-02-26 10:22 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(4)

クリスチャン。在宅翻訳やってます。夫と文鳥との生活に奇跡的な誕生をした息子も加わり奮闘しています。


by martha2nd