母の日の証し

先日の日曜日、母の日でしたね。証くんの咳や鼻水に気をとられていたので、亡き母に思いを寄せることも、自分が母となって母の日に感謝される対象となったことにも、全然意識が向きませんでした。

夫が私の誕生日に花束をくれたのですが、それがとても価値のある花束だったのですよ。写真に撮っておけばよかったけど、私も風邪であまり気分がすぐれないうえに、証君の看病で疲れていたので写真は撮らずじまいになりました。夫も風邪を引いている中、私の誕生日だから夕食は自分が作るといって、近くのスーパーに買い物に行き、よくスーパーに売ってある「サービス花束」のガーベラとカーネーションを食料品といっしょにレジに持って行くと、レジのおばちゃんが「まとめましょうか」と言って、限られた材料で慣れない手つきで一生懸命ひとつの花束にしてくれたのだそうです。たしか、花柄の包装紙でふんわり包んで、それをさらに透明のセロファンというか、ビニールみたいなもので巻いてあったような。。。リボンも大きめにかけてありました。街のオシャレな花屋さんのラッピングとは雲泥の差ですが、それでもこっちのラッピングのほうがずっと価値のあるものでした。夫はこれを雨の中、食料品といっしょに傘をさして片手しかないのに持って帰ってくれました。「カーネーションは証君から」と言っていました^^

初母の日兼誕生日のプレゼントは、思い返してみれば、とっても素敵なものでしたね。今頃になりましたが、一応記録しておきます。これから毎年誕生日と母の日はいっしょに祝われるのだろうか???

さて、タイトルの「母の日の証し」。これは先日の日曜の礼拝の中で、教会のある婦人Tさんが講壇で証しをされたときのことを記憶をたどりながらその感想をメモっておこうと思って、このタイトルにしました。
Tさんは去年と今年で3人の子どもたち全員が一気に結婚して巣立っていこうとしています。3番目の子どもの結婚式は今月末です。そんな中にあって、80代の彼女の母上がアルツハイマーになって、実家にもときどき帰って父上を手伝っていらっしゃいます。

先日母上が退院したので、みんなでお祝いしたら、「人生で最高の日だ」といって喜んでくれたとか。翌日に母の日のお祝いをしたら、その日も「人生最高の日」と喜んでくれた。それで「人生最高の日が2日も続いてよかったね」と言うと、「でも私それくらいのことはしてきたよね」とおっしゃったそうです(笑)

確かに母親ってどれだけ感謝してもしきれないくらい、献身的、犠牲的な世話を家族に対してしてくれますよね。私は全然そんな風ではないのですが、少しでもそういう母親になれたなあって思います。神様は「父」と呼ばれますが、聖書には神様の愛を母親の愛に喩えている箇所が何箇所かあることにも、Tさんは触れられました。

Tさんは次に自分が母親になったときのことを話されました。母親になる、親になるというのは、何かそのレベルに達したからとか、ふさわしいからなるのではなく、足りない、欠けた者であっても、神様が恵みによって親にしてくださるのだと実感したこと、そして与えられた子どもは自分たちの所有物ではなくて、神様から預かったものであって、いつか神様にお返し(家を離れて自立するという意味で)しなければならいから、そのときのために責任を持って育てることが使命だと感じた、ということでした。

Tさんとその御主人は、けっこう若くして(23くらい?)で親になりましたが、立派に一貫性のある子育てをされて、3人ともそれぞれに葛藤を体験しながらも、10代のうちに信仰を持って洗礼を受け、そのうち2人は献身の思いも与えられています。学歴など二の次ではありますが、3人ともトップクラスの大学を出ています。社会的な経験はほとんどないまま3人とも結婚へと導かれました。若すぎるのでは?せっかくの学歴を社会に貢献したら?とも余計なお世話にも思ったりしましたが、それは晩婚だった自分のヒガみかもしれない。。。若くして結婚の意志が固まるなんて、内面が成熟している証拠ではないでしょうか。昔の人はたいていそうでしたが。また、両親が見せていた結婚や夫婦の姿が、肯定的なものだったからだと思います。

男女が夫婦という単位になったときにできることは、1+1=2以上のものですよね。それは子どもを生み出すということに限らず。そういった生産的なことが若いうちからできるなんて、若くして結婚する人はいいなあと思います。たとえば、Tさん夫妻は、このように3人のお子さんを立派に育て上げ、それぞれが結婚することで義理の娘息子も増えて、もうすぐ一人孫が生まれようとしている。Tさん夫妻が子育てばかりやってきたようですがそんなことはなくて、けっこう活動は広く、翻訳本を出したこともあれば、ほかにもいろんな働きをされています。この時点でまだ50代前半ですよ。それで身だしなみにも手を抜かないパワーがあります。よって、外見も素敵です。人生まだまだこれから、って感じですよね。うらやましいな~

でもうらやんでいても仕方がありませんね。今私ができる最善をすることが神様を喜ばせることだと思います。

Tさんは、母の日に祝いたくてもすでに母を亡くした人、また、子どもが欲しくても与えられない人にも言及されました。

天国では嫁いだり、めとったりすることはない、と聖書に書いてあるように、天国では誰が誰の母親、というような関係はない。そのように、地上においても、女性は子どもたちを自分の子どものような視線で見て、また、究極には天国に希望を置いて地上を歩みたいものです。私も証くんだけではなく、他の子どもたちにも、同じように愛情をもって接し、また、天国の母に姉妹として再会する日を期待して歩めるよう、一日一日、神様から霊と力と愛を与えていただきたいと思います。

T姉、お証しありがとうございました。
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Commented by suzuran-no-nikki at 2009-05-13 14:24
素敵な「母の日の証し」をありがとうございます。
私も、母の資格なんかないのに、
母親をさせていただいているなあと思います。
母の日の礼拝の前にも、息子とケンカしながら出かけました(^^ゞ

母の日とお誕生日が近いというのも良いのではないでしょうか?
私は、1月のはじめが誕生日なので、
小さいころからお正月と一緒にお祝いされていました。
Commented by 30代デビュー at 2009-05-13 16:06 x
素敵な母の日でしたね。いい証をありがとうございます。そうですね。子供は神様からの恵みですから、自分の物では無いんですね。心に刻まれました。お風邪だということお祈り致します。
Commented by martha2nd at 2009-05-15 09:29
☆スズランさんへ
長文を読んでいただいてありがとうございました。
息子さんとケンカしちゃったんですね。
私もそのうち証とケンカするんでしょうね~^^
夫の誕生日も父の日に近いので(実際彼が生まれた年は、ちょうど誕生日と父の日が重なっていたそうです)、経費削減のため(笑)、誕生日と父の日母の日は一緒にお祝いしたほうがよさそうですね^^ 教育費ためないと!!(苦笑)
Commented by martha2nd at 2009-05-15 09:31
☆30代デビューさんへ
証しを読んでくださってありがとうございます。
風邪のことも御心配感謝します。
親になって気づかされることがたくさんありますよね。
でも親になったからといって、親になる機会がない人より何か上のレベルに達したわけでもないし、日々へりくだって歩まなければと思います。子どもを神様から預かったものとして、ゆだねられたものとして、お互い育てていけたらいいですね^^
by martha2nd | 2009-05-13 13:51 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(4)

クリスチャン。在宅翻訳やってます。夫と文鳥との生活に奇跡的な誕生をした息子も加わり奮闘しています。


by martha2nd