弱さの中に

息子と大学病院に行くといつも思わされるのですが、身体に弱さを持っている人、病を抱えている人がたくさんいます。今日は半年の1度の目の検査もあったので、めずらしく眼科のある階にも行きました。
糖尿病で目を悪くされる方も多くいるからでしょうか、この大学病院では糖尿病専門外来や腎臓病専門外来と眼科は同じ階にあります。今日、糖尿病のほうに子どもの患者が何人かいるのに気づきました。
それから帰りがけに髪の毛の色が茶色っぽくてかわいらしい後姿の5歳くらいの女の子がいたのですが、その子が振り向くと、顔の半分に生まれつきなのか火傷か何かなのか、大きな傷がありました。

高齢者の患者さんもたくさんいますが、大学病院ともなると病気の子どもや若者も少なくないことに驚きます。驚くということは、私自身が幸いにしてこれまで健康体で、大きな病気もせずに生きてこれたということですね。私が大病院に足を踏み入れたのは母が膵臓癌で地元の大学病院にお世話になったのが初めてでした。そのときまで、病の中にある人のことに思いを向けることさえもなかったのです。
そしてその2年後、自分自身が妊娠トラブルで入院し、結果的に早産して、息子が4ヶ月NICUとGCUに入院することになって、ますます大病院にご縁ができてしまいました。そして、母や自分自身が入院するまで、病の中にある人のことも知らず、自分自身が健康でいることに感謝もせずに過ごしていたことを少し恥ずかしく思うし、気づくのが遅かったけれど、病を抱えている人に思いを留める環境に自分が今いることに少しほっとしています。

健康なことは幸いですが、大半の人は子どもや若い時分に健康が脅かされるような経験をしないので、その幸いに気づくことも感謝を覚えることもないですね。少なくとも私はそうでした。
そして、妊娠出産は病気ではないと捉えられているし、人生の「イベント」と見られていますが、多くの人にとっては楽しい9ヶ月の妊娠期間と「案ずるより産むがやすし」と思えるような出産経験でも、一部の人にとっては母体も胎児も命がけの経験となりうるのですよね。

命が生まれること、また、その命が日々健康に保たれ成長し、70、80、90年と続くことは、神様の恵みであり、あわれみであり、日々守られていること、たとえ病があってもその日の命が守られたことを、私たちは感謝すべきだなあと思わされます。
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by martha2nd | 2009-12-09 00:43 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

クリスチャン。在宅翻訳やってます。夫と文鳥との生活に奇跡的な誕生をした息子も加わり奮闘しています。


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