カテゴリ:神・キリスト・聖書・十字架( 143 )

祈りのたて琴

病床にある人たち、特にホスピスなどの終末期の人たちの枕元でハープを奏でる働きをしている「リラ・プレカリア(祈りのたて琴)」という団体があります。日本福音ルーテル社団法人が母体です。この働きの指導者はアメリカ人のキャロル・サックさん。

一度この団体の催した講演会に行ったことがきっかけで、定期的にニュースレターが届くようになりました。

去年の春のニュースレターを、ちゃんと読もうと取っておいて、今頃ちゃんと読みました(笑)

このニュースレターはこちら↓(記事下のリンク)でも見ることができます。

長崎で吉永小百合さんが原爆詩を朗読する際の伴奏にキャロルさんのたて琴が選ばれた時のことが書かれています。キャロルさんは悔い改めと祈りの歌である「神の子羊」というグレゴリオ聖歌を選ばれたそうです。それはアメリカ人として自分の国が日本に原爆を落としたことを心から申し訳なく感じているからだそうです。

私はこれまで多くのアメリカ人と知り合いましたが、誰も原爆のことで「アメリカが悪かった、申し訳ない」と言った人はいません。でもキャロルさんの言葉を聞いて、日本人として少し気持ちが癒された気がしました。涙が目に浮かびました。

吉永小百合さんは朗読の後、キャロルさんの手を取り舞台の袖まで歩いて、観客に見えないところで強く抱き合ったそうです。そして「きょうの会は、祈りそのものでしたね。初めから終わりまで」とおっしゃり、もう一度抱きしめあったのだそうです。吉永さんも本当にあたたかい方なのだなあと思います。



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by martha2nd | 2017-06-12 12:45 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(3)

なんか最近

なんか最近きゅーんとするなあと思っていたら、
一年のこの時期は、ちょうど母がもう最期の闘病をしていた時期と重なるからですね。
肌に感じる気温や湿度、忙しそうに飛び回るツバメなどが、
当時を思い出させます。
なにより、私自身ががん闘病中の身になってしまいましたし。。。

今年は母が亡くなって10年です。
昨日のようであり、遠い昔のようであり。
先に逝った人は、天から遺された家族を見て、
どんな風に感じるのかな。
きっと天から見たら、地上の私たちが苦労に感じていることなどは、
ちっちゃなことだと文字通り俯瞰できるのでしょう。

私は自分はもう治った!
今やってる投薬は再発予防、と思っているんですが、
気持ちには波があります。いろいろ不安になることもあります。

それで私は今朝、この聖書のことばにこれから頼っていくことにしました。
ピリピ4:6-7
何も思い煩わないで、あらゆる場合に、
感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、
あなたがたの心と思いを
キリスト・イエスにあって守ってくれます。

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by martha2nd | 2017-05-24 15:17 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(2)

明日の命の保証

2月に友人のお父様が突然の脳出血で亡くなりました。
とても気さくな方で、だれにでも話しかけられていました。
友人が実家に来た新聞の集金屋さんに、「きっとお父さんはこの人ともいろんな話をしたんだろう」と思って、
お父様が亡くなったことを伝えたら、その新聞屋さんはその場で号泣されたそうです。
この友人のお父様の葬儀で、久しぶりにお会いした方がいました。
その60代の女性は、2年前に30代の息子さんを突然の病気で亡くされました。
今でも息子のことを考えると涙が出る、とおっしゃっていました。
でも息子さんの葬儀の翌日、娘さんが出産され、
2歳になるお孫さんを息子さんの生まれ変わりのようにかわいがっていらっしゃる様子でした。
そしてこの方が今週突然に天に帰られ、明日告別式です。
私はどうしても明日は告別式に行くことができず、きちんとお別れできず残念なのですが、
夫が行きます。

私もがんになってしまい、時々先のことが不安になります。
今一番ほしいのは、「あなたはがんの再発なく、これからも元気に生きていけるよ」と、
誰か信頼できる人に太鼓判を押してもらうことです。
でも誰が太鼓判を押せるでしょうか。
医者には絶対太鼓判は押せません。
だってがんが再発するかもしれないという前提で予防や治療をするのが医者の役目だから。

しかしもし私ががんを患っていなかったとしても、
明日の命の保証はどこにもないのですよね。
私だけでなく誰にとっても。
一日一日が大事なんだなあと思います。




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by martha2nd | 2017-05-12 12:34 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

母の誕生日

今日は母の誕生日なんです。
天国にいるから、もう年も取らないし、
新しい体をもらっているかな。
でもイエス様も復活されてから弟子たちに現れたとき、
十字架に釘付けされた傷が残っていました。

生きていれば73歳だったかな。
超高齢化社会の昨今、
73歳ってまだまだ若い感じがしてしまいますね。
63歳というのは本当にまだまだこれからというときに
亡くなったのだなあと思います。






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by martha2nd | 2016-10-30 07:47 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

復元納棺士さんの講演

在宅ホスピスの先駆けであるケアタウン小平とその関連NPOが毎年開催している講演会があります。
今年で10回目だそうです。
何かのきっかけに一度行って、その後毎年案内が届くようになりました。
最初の講師は忘れました。その後の案内で日野原重明先生が100歳のときの講演にも行かせていただき、
昨年は「置かれた場所で咲きなさい」の著書で有名な渡辺和子シスターで、とても行きたかったのですが都合がつかず行きませんでした。
今年は復元納棺士の笹原瑠衣子さんが講師。
棺の中の大切な人の死に顔が穏やかできれいだと本当に遺族は慰められるものです。
そのことを母や祖母たち、そしてペットの死を通して強く思っていた私ですので、
どうしても今回は行きたくて、1月から申し込みお金も払っていました。
そこに息子の骨折。。行けるのか??3千円がむだに?と思っていましたが、
ぎりぎり学童保育所に復帰できたので、近場でもあったため、仕事の合間を縫って行ってきました。

笹原さんは岩手にお住まいで、
東日本大震災で亡くなった方々の遺体とその家族がきちんと対面でき、お別れできるように、ひどく傷んだ遺体の数々をボランティアで復元されていた方です。
NHKスペシャルでも取り上げられました。
震災で心に傷を負った子供たちのケアも行っているという、パワフルな方です。
なんと私と同じ年齢。

講演の後、ケアタウン小平の山崎医師との対談があったのですが、
なぜ復元納棺士になられたのかという質問に、
笹原さんは自分のお子さんを0歳で亡くして、怖くてその遺体に触ることができず、
きちんとお別れをすることができなかったことがきっかけだとおっしゃってました。

私もホスピスの患者さんやご家族の心のケアができればと、学び始めたきっかけの一つは
母の終末期に死の向こうにあるものについて、オープンに話せなかったことや、
母に「お母さんが死んだら~」という話ができる雰囲気を作ってあげられなかったことがあります。
でもこの笹原さんのように、実際に他の人たちの役にはまだ立ってませんが。。

最近は少しゆっくり学んでいこうと思っています。
息子が小学校低学年で、今彼の心や頭にとってとても大事な時期じゃないかなと思うのです。

とにかく、何か人の役に立とうという志というのは、笹原さんにとってはお子さんの死だったり、
私にとっては母の死だったり、日航機の事故の遺族の中にも多くの人が社会貢献の道に進まれた人がいると聞いていますが、だれかの死がきっかけであることが多々あるのですね。

死はそういう意味でも終わりではなくて、死によって何かが創造されていくのだなとつくづく思いました。
くしくも昨日はキリスト復活を覚えるイースター(復活祭)でした。
遅ればせながら、読んでくださった皆様、
ハッピー・イースター!
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by martha2nd | 2016-03-28 09:52 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)
先日、友人に誘われ、このタイトルにあるように
自死遺族のケアのためのセミナーに行きました。
友人が購読している東京新聞にこのセミナーの広告が載っていたそうです。
その人の周囲には自殺した人はいないそうですが、
その人が通勤に使う中央線は、飛び込み自殺でしょっちゅう止まったり遅れたりするので、
このセミナーに興味を持ったそうです。
中央線は夫も使ってるし、私も勤めに出ていたころは使っていましたが、
昔から人身事故が非常に多い路線です。

さてセミナーの講師は私が学んでいるスピリチュアルケアの世界をリードする方で、
名前はよく知っていたのですが、初めてお話を聞くことができ、
また、その道の権威というだけあって、とても有用なお話でした。

おそらくセミナーに集まっていた方々の多くは自死遺族だと思いますが、
その先生の周囲には自死の方はいなくて、もしかしたら見当違いのことを言って、
みなさんの心を傷つけてしまったら申し訳ありませんと、前置きがあってから
話が始まりました。
しかし先生はほとんど自死については触れず、専門である癌終末期の患者さんのケアの仕方について、
淡々と話していかれました。
それでも最後の質問コーナーで手を挙げて感想を述べられたり、質問をされたりした方々は
すべて自死遺族の方で、先生のお話に感銘を受けていらっしゃいました。
癌終末期の患者さんの心に寄り添うコツなどを聞いて、
自分の家族(夫や息子)が心の病であるときに、心に寄り添えていなかったと、
反省されていました。

先生は牧師をしていたこともあり、つまりクリスチャンです。
しかし集まっている方々は私たちはクリスチャンでしたが、ほとんどがそうでない方々だったと思います。
それで先生は「僕は牧師をしていたこともあるので、神が話に出てしまうけど、
皆さんをクリスチャンにしようなんて思ってないから、安心してください。
まあ、クリスチャンになれと言われてなれるものではないですよね。」
と謙遜にまた真実をおっしゃいました。
私はクリスチャンで、クリスチャンになった当時は自分の信じていることを
みんなにも信じてもらいたいと思ったこともありましたが、
この先生のスタンスがすばらしいと思いました。
思想や哲学や宗教は、相手に無理やり同意させることなどできるものではないのですよね。

ある婦人が最後に質問をされました。身なりの良いきれいな初老の女性でしたが、
「私は子供のころに親を亡くしたり、自分より先に子供を亡くしたりしてきました。
世間一般の幸せから見ると、なぜ自分はこんなに不幸なんだろう、
という思いがぬぐえません。先日、新聞で見たのですが、DNAを取って調べて、
それに基づいて行うカウンセリングがあるそうで、
私には遺伝子的に不幸になる要素があるのかもしれないと、
そのカウンセリングを受けてみようかと思うのですが、
先生はどう思われますか」
ということでした。

先生は「そのカウンセリングを受けてもあまり意味がないと思いますね。
自分を納得させる必要はないんですよ。
私なら、この人(神という黒板の字を指して)に文句を言います。
なんでこんなことが起きるんですか、あなたの責任ですよ!と。
ずっと文句を言い続けていると、こんどはこの人(神)が、
すごい方だな、と思えてくるんですよ。ずっと黙って私の文句を聞いてくれることが、
すごいなあと思えてきます。
元々神様というのは、人に踏みつけられたり、訴えられたりするためにいるんだと
思うんですよ」

質問者は納得されたようでした。クリスチャンの友達にはよく祈れと言われるそうですが、
祈りといっても、神様に訴えるような祈りをしてもいいことが分かられたようです。

長くクリスチャンをしていて教会などに行っていると、
本当に優等生みたいな物わかりのいい祈りをするようになってしまい、
どうせ心の奥底は神様にすべて見通されているのに、
私はなんと素直でない祈りや態度をしてきたのだろうと恥じ入りました。

実は私は今すごくイライラしているんですよ。
いろんなことが思い通りにいかないし。
家族が自殺してしまった人に比べたらちっぽけなことなんですが、
先日もここに書いたように、息子と大喧嘩するし、
少し前のことになりますが、流産だって仕方ないと自分を納得させてきたけど、
そりゃ流産そのものもあんな手術も嫌だったし、
そして極めつけは一昨日息子が友達とふざけ合っていて、
その友達がけっこう乱暴で、息子の顔を叩いてきたので、
息子の眼鏡が曲がってしまったんです。
ケガしなかったことが不幸中の幸いですが。
その友達は同じマンションの子で、私もその場にいて経緯を見ていたので、
その子の乱暴さにもイライラしたし、
そこでヘラヘラして自分を守れなかった息子にも頭に来たし、
しかも私は今仕事も忙しく、眼鏡屋さんに連れて行っている時間がすごくタイムロスに感じて。
でも仕方ないので私は今日の午後、息子と眼鏡屋さんに行くのですが。。。

と、こんなことを神様につらつら訴えてみようと思います。
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by martha2nd | 2016-02-10 11:17 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

恵方ではなく

今日は寒い。
寒いですが、水曜日の午前中はたいてい教会の祈祷会に行きます。
祈祷というと神主みたいな人が、ジャラジャラしたものを信者の頭の上で振りながら、
聞き取りにくい祈りの言葉を歌かお経のように唱える、というようなのを思い浮かべますが、
キリスト教会でいう祈祷会では集まった人で教会のことやお互いのことを
輪になって神様にお話しするような感じで順番に祈っていきます。
祈る前には讃美歌を歌って、牧師が聖書の言葉をひもときます。

今日の牧師のメッセージ、殊に心に響いたのでメモしておきましょう。

今日は箴言16章20節
みことばに心を留めるものは幸いを見つける。
主に拠り頼む者は幸いである。

今日は節分、明日は立春。つまり旧暦ではお正月だった。
ということは節分の今日は、旧暦では大晦日。
それで、新しい年に向けて「鬼は外」と豆をまく習慣が始まったとか。

恵方巻の習慣はコンビニかどこかが始めたのでしょうか。
ここ10年以内のならわし、というかブームですね。

ほんとに恵方というものがあるのかわかりませんが、
クリスチャンは方角などではなく、みことば(聖書)と神様に頼る歩みをすることが
幸せなのである。そうすれば幸せになるのではなく、そのこと自体が幸せなのである。
何か神秘的な体験をすることではなく、神様によって与えられている肉体、頭脳、これまでの経験を通して、
みことばを読み、神様に頼りながら地上の人生を歩むことそのものが幸せなのだ、ということです。

私は息子の誕生という奇跡を経験しましたが、
そういうことは頻繁に起こるようなことではなく、毎日が単調に過ぎて行き、
なんというか達成感のない日々の繰り返しで「これでいいのかなあ」と
不安になることも多かったのですが、
今日の牧師の話を聞いて、あ、これでいいんだ、と安心しました。
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by martha2nd | 2016-02-03 14:37 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

迫害

NHK連続テレビ小説「あさが来た」のモデル、実在の広岡浅子さんが書いた「一週一信」という本を
少しずつではありますが読んでいます。
今日読んだところで、キリスト教と日本社会の関係は平和なように見えるが、これは日本社会がキリスト教を受け入れているからではなく、無視無関心なだけである、これこそ迫害ではないか?というようなことが書かれていて(原文は古い日本語です)、思わずハッとしました。
今まで考えたこともない新しい視点であり、真実だと思いました。

そして自分を迫害する者のために祈りなさいというイエス様の言葉は、一見平和な状態でも、いつでも有効であり、信者はこの言葉に従う機会がいつでもあるということだと思いました。
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by martha2nd | 2015-10-30 12:31 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

久しぶりの学び

パストラルケアの研究大会が行われたので、
最近研修は足踏みしていますが、これは聞くだけですし、
いつも興味深い内容なので行ってきました。
去年の大会に参加したときの投稿はこちら

さて今回の特別講演は松本サリン事件で当初犯人扱いされた河野義行さんです。
名は体を表すといいますが、義を行う方でした。
あ、今回の大会のテーマは「ゆるし」。
河野さんはサリンをまいた実行犯の人たち、自分を犯人のようにあつかったマスコミ、
彼らを恨んでも憎んでもいない、というのです。
初めのころはきっと恨み憎んだのでしょうが、
結局恨んで憎んだところで、何も得るものはない、ということを悟られたようです。
拘置所にいる実行犯たちが会いたいと言えば会いに行くそうです。
そしてサリン噴霧器を作った元信者は10年の刑を経て出てきたそうですが、
河野さんの家に謝罪に来て、その時に10年も刑務所にいると、どんなことをするのですか?と質問すると、
植木の剪定などの勉強をした、ということだったので、それ以来年に数回、
河野さんのお宅の庭の植木の剪定をお願いしたのだそうです。
しかも河野さんは出張も多かったり、このような講演もあり、留守がちなため、
鍵の置場を教えて、留守の際には勝手に上がってもらい、
遠方から来てくれるので、家に自由に泊まってもらい、
冷蔵庫にはビールが冷えてるから勝手に飲んでいいと伝え、
その方と友人のように接しているのだそうです。

それから事件直後からオウムが真犯人とわかるまでの1年弱、
嫌がらせの電話や無言電話や脅迫状がたくさんあったそうです。
そして河野さん自身も神経ガスのサリンを吸っているため、入院していた。
実際にその電話の対応をするのは高校生の長男だったそうです。
長男は病院に来て、「お父さん、電話番号を変えてくれ!」と言ったそうですが、
「それは逃げることになるぞ。悪いことは何もしていないのだから、逃げずにきちんと対応しなさい。
無言電話には『あなたは何もおっしゃることがないようですので、電話をきりますよ』といって切りなさい」
と指導したそうです。このときの教育は今でも子供たちにとって財産だと思っている、とおっしゃっていました。

そして退院してからは脅迫状の差出人があるものにはすべて返事を書いたそうです。
家にガソリンで火をつけるぞと言ったような過激な脅迫状にも。
そしてそのすべてが、「あて先不明」で帰ってきたそうです。
だれも本当の住所や名前を名乗って堂々と送ってきた人はいないのだそうです。

衝撃的だったのは、「ゆるしの主導権はゆるされる側にあるんですよ」と仰ったことです。

クリスチャンにとっては私たちが気づく前からイエスキリストが十字架にかかり、私たちの罪をあがない、ゆるしてくださった、という信仰があります。クリスチャンにとってはゆるしの主導権はゆるす側にある、というような感じがしていました。それで逆のことを言われてびっくりしました。
でもよくよく考えると、河野さんがおっしゃったことは真理だと思います。
いくらゆるす側がゆるしていても、ゆるされる側が心から反省し、「ゆるしてください」と言わなければ、和解は成立しないのです。
すでにさしのべられた和解の握手のための神の手を、こちらが「ごめんなさい。ゆるしてください。ゆるしてくださってありがとう」といって、その手を握って初めて神との和解が成り立つのですよね。

今年も有意義な研究会でした。
来年は私の出身地熊本であるので、これまたぜひ行きたいです。
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by martha2nd | 2015-06-22 13:19 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

8年前

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八年前の今日の夕刻、母が天に凱旋していきました。
この写真は翌日の早朝、母が闘病していた部屋を撮ったものです。
この部屋には、亡くなる前の1週間は母はいませんでした。
最期の1週間は激しい痛みをコントロールするために緩和ケア病棟で過ごしました。

もうこの部屋に、この家に、動いている母を見ることはないのだなあとハッとさせられて撮った写真。
写真の写真だから粗い画像ですが。。。

母ががんになったこと、最期に緩和ケアでお世話になったことなどが
私がスピリチュアルケアを勉強しようと思ったひとつのきっかけではありました。
もう一つのきっかけは、息子を妊娠中に、キリスト教系病院のチャプレンに出会ったこと。
後者のほうがきっかけとしては大きいかな。

ま、でもその学びは一時中断という感じです。
息子が小学校に上がり、いろいろと親としての責任があり、
また大事な時期だと思うので、この時期は息子のために時間を使おうという思いがあります。

再び学べる機会を期待しつつ、目の前の責任を果たしていこうと思います。
孫を直接見ることができなかった母も、天で、孫が立派に成長することを願っているでしょうから。
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by martha2nd | 2015-06-10 09:33 | 神・キリスト・聖書・十字架 | Comments(0)

クリスチャン。在宅翻訳やってます。夫と文鳥との生活に奇跡的な誕生をした息子も加わり奮闘しています。


by martha2nd